古都奈良~明日香村散策

3月7日 (水曜日) 曇り時々晴れ 今朝は朝から、どんよりと
した天気でしたが、昨日からNさんに奈良の明日香へ
行って下さいと誘いましたが、当日は雨は降らないとの事で安心
私は明日香へは一度も脚を運んだ事が無く、どうしても明日香
周辺を散策するのが、以前からの希望で、昨日から私は明日香へ
向けて走れるので心がワクワク天気は曇り
がちでしたが、集合場所まで懸命にバイクのペタルを廻す
脚は快調で~す。



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そして 集合場所でNさんとお会いし、先ずは奈良公園に向けて走る
少し朝も早い勢か通勤の人達が目立つ程度、観光客は殆ど見受けられ
ません・・・また いつも公園内には鹿の群れが眼に入るのですが
朝が早い勢か、あまり鹿の群れは見受けられませ
んでした。
公園内~奈良京町~旧街道を走り~天理~桜井~明日香村に向けて
一気に走る。
と言って居る間に高市郡明日香村に到着・・・
念願の明日香に脚を踏み入れる事ができ喜びも均を・・・さぁ何処から
案内して戴けるかな??



        <明日香村の近郊マップです・・・クリック大きくして観れます>


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先ずは 山田寺跡地周辺地かです。




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山田寺が建築された様子として

蘇我倉山田石川麻呂の発願により、蘇我家の傍流・石川麻呂系の
氏寺として、山田寺は建立が開始されます。
当時、石川麻呂は右大臣、娘(遠智娘・姪娘)を中大兄皇子(天智天皇)
に嫁がせ、これから・・と思われた矢先に謀反の疑で自害して果てます。
山田寺が、伽藍完成に約40年を要したのには、石川麻呂の死
白村江の戦い、壬申の乱等が背景にあったと考えられます。



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飛鳥大仏とは、飛鳥寺(あすかでら)は奈良県高市郡明日香村に
ある寺院である。
蘇我氏の氏寺で、 日本最古の本格的寺院でもある法興寺
(仏法が興った寺の意)の後身である。本尊は「 飛鳥大仏」と
通称される釈迦如来、開基(創立者)は蘇我馬子である。



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石舞台古墳(いしぶたいこふん)周辺マップです。


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石舞台古墳(いしぶたいこふん)は、奈良県明日香村にある
古墳時代後期の古墳。1952年(昭和27年)3月29日、国特別史跡に
指定される。
元は土を盛りあげて作った墳丘で覆われていたが、その土が失われ
巨大な石を用いた横穴式石室が露出する。




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石舞台古墳(いしぶたいこふん)を背景記念に

埋葬者としては蘇我馬子が有力視されている。
なお、世界遺産候補である百舌鳥(もず)・古市古墳群に属していた
舞台塚古墳(大阪府堺市)とは無関係である。



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高松塚古墳(たかまつづかこふん)は、奈良県高市郡明日香村
(国営飛鳥歴史公園内)に存在する古墳。藤原京期(694年~710年)
に築造された終末期古墳で、直径23m(下段)及び18m(上段)
高さ5mの二段式の円墳である。
1972年に極彩色の壁画が発見されたことで一躍注目されるようになった。

念願の高松塚古墳来れましたよ・・・中の様子が観れないのが
残念す。



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亀石(かめいし)とは
奈良県明日香村にある亀の形をした遺構。本項ではこれに
ついて述べる。
伊勢神宮外宮境内にある石。高倉山の天岩戸の入り口の岩を
運んだと伝えられている。
モンゴルにある巨石。⇒亀石 (モンゴル)を参照。
奈良県明日香村川原にある亀の形をした遺構。長さ3.6メートル、
幅2.1メートル、高さ1.8メートルの巨大な花崗岩に亀に似た彫刻が
彫られていることからこの名前で呼ばれている。ユーモラスな顔つき
から明日香村観光のシンボルともなっている。



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川原寺(かわらでら)は古代日本の政治文化の中心であり
日本仏教始まりの地であった飛鳥(奈良県高市郡明日香村)に
所在した仏教寺院。別名を弘福寺(ぐふくじ)。
飛鳥寺(法興寺)、薬師寺、大官大寺(大安寺)と並び、飛鳥の
四大寺の一に数えられた大寺院であったが、中世以降衰微した。
川原寺跡は国の史跡に指定されており、現在はかつての中金堂跡に
川原寺の法灯を継ぐ真言宗豊山派の寺院・弘福寺が建つ。



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橘寺(たちばなでら)は、奈良県高市郡明日香村にある天台宗の
寺院、正式には「仏頭山上宮皇院菩提寺」と称し、本尊は聖徳太子
如意輪観音。橘寺という名は、垂仁天皇の命により不老不死の果物を
取りに行った田道間守が持ち帰った橘の実を植えたことに由来する。




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橘寺の付近には聖徳太子が誕生したとされる場所があり、寺院は太子
建立七大寺の1つとされている。
史実としては、橘寺の創建年代は不明で、『日本書紀』天武天皇9年
(680年)4月条に、「橘寺尼房失火、以焚十房」(橘寺の尼房で火災があり
十房を焼いた)とあるのが文献上の初見である。




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明日香村を思う存分散策後、帰路の途中で街道沿いにはチラホラと
遅い梅花がチラホラと咲き始めて居るようです。
ようやく奈良公園に差し掛かると、何と公園内には、観光客が大勢
観光を楽しんでおれれます。




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今日は本当に貴重な明日香村の散策を楽しむ事が出来たのも
Nさんが同行して戴いたお陰で実現でき本当に有難う御座いました。

           本日の走行距離121キロ





 

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この記事へのコメント

ちとふな
2012年03月11日 22:45
奈良・飛鳥村、遠くまで行きましたね。高校の修学旅行で行ったのが思い出されます。修学旅行といえば、おっちゃんたちに旅館まで会いにきてもらってご飯食べに連れて行ってもらいましたよね。昔からお世話になりっぱなしで・・・ありがとうございます
今日一日テレビを見ていて普通の毎日が過ごせること、家族・親戚・周りの人たちに心より感謝です
2012年03月12日 07:54
ちとふなさんコメント有難う御座います
そうですね...明日香村の古歴史も思深い物を
感じ取って来ましたが、ちとさんとも今、振り返れば
数々の思い出がありましね。
お互い元気で頑張りましょう

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